ひかりほどのおもさをうけてちるはなのはなのひとつのまだちらぬとき
渡辺松男『雨る』
光子は質量を持たず、波動と粒子の性格を併せ持ち――というあたりから物理化学の授業についていけなくなった。文学部を目指していた私が「要らない科目」の時間に窓から眺めていたのは、藤棚に咲く藤の花だったか。光の二重性に関する実験の話は覚えていないが、アインシュタインの名が出てきた記憶はある。
神のパズル、解きたるのちのたかぶりは神に返せぬ熱を帯びけむ
大口玲子『神のパズル』
「神のパズルを解きたい」というアインシュタインの言葉を下敷きにしたこの歌は、人類と科学の在り方を鋭く問う。知的興奮が脳内にもたらす純粋な熱の一方に、果てしもない熱量を一瞬で、あるいは半永久的に放出するものがあることを、この国は身をもって知っている。
サイコロを振るのは神で在ることを与へられつつ在るこの世界
香川ヒサ『ヤマト・アライバル』
こちらは彼の「神はサイコロを振らない」という言葉を裏返した歌だ。量子の研究の先に、万物は確率論的に存在するのか、それとも決定論的に存在するのか。全てのパズルを解き終えるまでは、最もサイコロを振るのは神であり、等しく存在を与えられた私たちは同時代を偶然的に生きる。その理由を問いながら。
ここ数年、もっと物理化学を知っておくべきだったと悔やむことが多くなった。多様な歌を読み解くためではなく、ただ平穏に生きるためにだ。藤の花は美しかったが「要らない科目」と「要る科目」には何の根拠もなかった。
朝日新聞 2016年5月2日朝刊
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