不実、複数参加、ふたつの通貨 ――歌壇時評2015年2月

「震災から三年になる今年、消費税率の引き上げも影響しているのでしょうか、刊行物の総量も前年より大幅に減少しているようです。」

「短歌研究」二〇一四年12月号の堀山和子編集長による編集後記より引いた。この一節が気になったので、各年12月号に掲載される「歌集歌書総覧」のうち、歌集に絞ったうえで数を調べ、図1にまとめた。(以降、N年12月号掲載分をN年度と呼ぶ)

図1:歌集刊行数の推移
・黒部:総合誌発行出版社(KADOKAWA、現代短歌社、短歌新聞社、ながらみ書房、本阿弥書店、短歌研究社)
・灰部:その他出版社・私家版
データ元:各年度の「短歌研究」12月号

ご覧の通り、二〇〇〇年度以降の歌集刊行は減少傾向にある。リーマン・ショック、増税などの経済環境以前の問題である。二〇一四年度の刊行歌集数は452冊。通常、翌年度の12月号に前年度の「補遺」数冊が掲載されるので確定の数字ではない。しかし、図にはない一九七九年度まで遡ったが、歌集刊行が最も少ない年度であることは変わらないと思われる。短歌人口や出版意欲の変化など、要因はさまざまに求められよう。なお、二〇一三年度の刊行数増が目立つが、現代短歌社による第一歌集文庫44冊が含まれている。過去の歌集を廉価で届ける好企画であるが、刊行数増として手放しに喜べるものではない。ちなみに、二〇一四年度も同文庫12冊を含んでおり、それでもおよそ35年間の最低数というわけだ。

総合誌を持つ出版社に絞ってみても、歌集刊行状況は減少傾向である(図1:黒部)。自費出版が基本の歌集出版環境において、その市場規模は二〇〇〇年度以降、ざっと三割ほど縮小したことになる。雑誌出版と自費出版を両輪に、各出版社はどこまで行けるのだろうか。あえて両輪(・・)と書いたが、出版不況の中で雑誌出版側の車輪は、そもそも逆方向に回転していても不思議ではない。

昨年は、高齢化や解散の目立つ結社の状況に切り込む特集が目立った。一方で、歌集出版についての特集は組まれない。総合誌を持つ出版社が自費出版を手がける以上、仕方がないことだとは思う。結果、歌集出版に関する私たちの知識は「車一台分」から増えることはない。

自費出版と贈答文化に立脚する歌集は、短歌の世界において通貨として機能している。歌集を出して一人前という意味では高額な免許証であるし、短歌の世界をまわすための資本の源泉とも言える。謹呈の輪(・・・・)の内外格差も大きい。そう書きながら、短歌の神様に対してあまりに不実な認識だと恥じいる。しかし、時折耳にする「歌集は名刺代わり」という言い方には、「出版費用は車一台分」という表現にも通じるものを感じる。その奥ゆかしさこそが、短歌の世界を深く確実に蝕むだろう。同じ不実であるならば、私ははっきりそう分かる側にいたい。

歌集から離れよう。昨年11月に東京で開かれた第十九回文学フリマでも歌集ブースは盛況だったそうだ。残念ながら私は会場に足を運べず、知人に購入をお願いした。

それにあたって、購入して欲しい同人誌を連絡する必要があり、石川美南氏がインターネットで公開していたリスト「第十九回文学フリマ《短歌関連ブース》複数参加の人々!」を開いた。リストはその名の通り、同人誌軸ではなく、若手を中心とした執筆者軸にまとめられていた。例えば、A氏は同人誌X・Y・Zの三誌に寄稿している、という具合だ。短歌や評論などの参加形態を問わず、複数参加者として33名が挙げられている。

今、この素晴らしいリストと送られてきた同人誌を眺めながら、三つのことを思った。

頒布された短歌関連の同人誌は新刊だけでも二十冊ほどになり、それぞれに際立つ個性がある。にもかかわらず、同人誌に人が属しているというよりも、人に同人誌が属していると言えるような現状がある。石川氏のリストは、そのことを意図せず象徴している。若手のエネルギーが有り余っているだけだ、という見方もできるだろう。しかしこの逆転状況は、音楽の世界でもいつからか起きていることにも思える。すでにJポップ・ロック・演歌などのジャンルは垣根ではなくなり、今やアーティスト個々人が時に応じて生み出す曲の幅にすぎない。それと関連してか、特定の雰囲気やテーマを軸に、異なるアーティストの曲を集めたコンピレーション・アルバムが増えた。昨今の短歌同人誌にも同じ傾向を感じる。悪いことだとは思わない。どの同人誌も完成度が高く、愛でるように読む。しかし、ある一冊の同人誌で「これは!」と思わせる作品に出会っても、その作者の一面しか見えていないような不全感が残る。それがひとつ目だ。

その不全感を拭うものとしての役割が「歌集」にあったはずだ。同人誌や結社誌に書かれた作品が、歌集や歌書にまとまる。それはちょうど、溜まったコインがお札に替わるように。しかし、歌集刊行数が減る一方でネットプリントなどに表現媒体が広がる今、私はそれを信じ切れない。もはや同人誌と歌集は、換算のできない異なる通貨となってはいないか。それがふたつ目。

そんな予感もあって、同人誌は片っ端から購入をお願いしたつもりだ。しかし、執筆者軸でまとめられたリストから、重複も漏れもなく同人誌を抜き出すのは大変難しい。結果、何冊か買い逃していたようだ。それがリストと同人誌を見比べて気付いた、誠に残念なみっつ目だ。

 

初出:「短歌研究」 2015年2月号 歌壇時評