「歌壇」に連載した「あかゑあをゑ」を中心に、東日本大震災までの歌を収めた著者第二十四歌集。
二千トンの橋梁開く中軸にヤジロベヱといふ原理をりたり
ルミナリエ蒼い孤独を味はひにゆく夜となるたましひうすく
勝鬨橋や神戸のルミナリエ、大震災後の閖上訪問等、主題を明確に据えた作品が並ぶ中に、亡き母と育ての母を詠んだ歌があり、深い印象を残す。
近づけば目の奥までも白くなる桜まんかいおかあさんとよぶ
青みかん剝けば亡き母うら若く寄り添ふごとしよき香りする
ままはははやさしかりにき小名浜に貝焼きたべてなつきゐしわれ
勿来越えてゆきし小名浜にふたり目の母ゐて幼きわれに触れたり
前歌集『鶴かへらず』にも親の歌はあったが、それは例えば忌日とともに思い返されるものであり、本歌集では五感をもって感得されている。このことは直接的には、八十代という年齢や、東北を訪れたことが契機であったかもしれないが、口語を交えたやわらかな文体が、自ずと手繰り寄せたもののようにも思える。
歌集を読み進める中で、風景の中にさり気なく置かれていた赤絵の器と青絵の器のように、産みの母と育ての母が各主題の間に前景化する。あとがきにて大震災を〈節目〉と呼ぶ馬場の中に、昔からずっと置かれていた物――それを手渡されたかのような読後感に浸った。
馬場あき子という歌人が、〈節目〉を越えて何を汲み上げ続けるのかが注目される。
あんずの花ほのぼのあかしはるかなる日を思ふときその人はたつ
初出:「うた新聞」 2014年5月号
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