俵万智『短歌のレシピ』評

本書は季刊『考える人』(新潮社)に連載されていた「考える短歌」をまとめたもので、『考える短歌―作る手ほどき、読む技術』(二〇〇四年・新潮社)の続編にあたる。

前書は秀歌の鑑賞と投稿歌の添削がセットになっていたが、前書きに「素材の持ち味を生かすためには、さまざまな道具を持ち、調理法を知っておくことが大切だ。そのレシビ集が本書と言ってもいいだろう。」とある通り、添削を通した歌の詠み方に焦点が絞られた、より実践的な一冊となっている。

目次には「枕詞をつかってみよう」「倒置法を活用してみよう」という基本技術を伝える章だけではなく、「メールを使って恋をしよう」「時にはドラマチックに」という著者ならではの視点で書かれた章も並ぶ。日常の出来事から歌ができるという一方向ではなく、歌を続けることがよりこころ豊かな生活を導くという双方向性が感じられる。

作歌指南書は数多くあるが、より創作現場の視点に立っていると感じられる点が本書にはふたつある。

ひとつ目は、複数の歌の間で句を入れ替える方法の提案である。章題こそ「時には荒療治を試してみよう」となっているが、一首がなかなか完成に向かわないときに発想の切り替えとして有効だろう。料理を喩に用いるならば、日常の出来事は短歌という料理の素材であるが、どの素材をどう組み合わせて何皿(何首)の料理を仕上げるかを考えるところから創作は始まる。ある素材からは一皿の歌ができる、ということが暗黙の前提となっている指南書は多いが、たとえ公募のための一首であっても、応募に至るまでにいくつかの歌ができることのほうが自然であり、本書はそのことをしっかりと踏まえている。

ふたつ目は、一章のみではあるが〈歌の並び〉についても触れている点である。ある歌群の配置を変えることも、一首の中の措辞を変えることと等しく〈添削〉であろう。コース料理の一皿ごとに前菜やメインといった役割があり、順序がある。著者は、同じ投稿者の複数の歌を並べ替えてみることで、全体の印象が大きく変わる様を示してみせる。連作の奥深さを感じることができれば、新人賞や結社賞への応募はぐっと身近になろうか。

本書は、作歌の技術を学ぶことで自身の表現力を耕したい、という読み手の要望に十分に応えたものであるが、歌会などの歌を批評する場に参加する者にも役立つ。手軽に読み進められる新書という形であるが、添削対象の歌ごとに読む手を止め、まずは自身の視点で歌を批評し、その歌の足りなさや過剰さ、つまりは〈美味しくない〉ということをどのような言葉で相手に伝えるかを考えながら読んでみてほしい。著者俵万智の説得力と優しさを備えた語り口も一冊の学びどころだと気が付くのではないだろうか。

 

初出:角川「短歌」 2013年8月号