毎年12月に発行される角川の短歌年鑑に「全国結社・歌人団体 住所録・動向」が付されています。誌名・所在地・電話番号などの基本情報はもちろんのこと、ここ数年は、出詠者数・結社形態などの項目が足されるようになりました。
新しく足された項目には、角川短歌編集部の短歌の世界の全体像を描きたいという意思や、その根底にあるであろう、短歌の世界に対する危機意識を感じるのは、私だけではないかと思われます。
私は、人口の減少や人々の関心の多様化のなかで、何もしなければ短歌の世界は衰えていくように感じていますので、短歌を読む/詠む人が増えて欲しいなと、祈るように思っています。しかしながら、短歌の現状がどのようであるのかがなかなか見えてこない点に、いつも歯がゆい思いをしてきました。「歌誌・団体数と歌集発行数:2012年」を調べたりしているのも、単に数をかぞえることが好きだからではなく、このような気持ちからです。
短歌年鑑を五年おきぐらいでさかのぼって調べたところ、どうやら1980年の角川短歌年鑑においても、ちかしい項目が調査されていたことが分かりました。1980年と2012年の短歌年鑑の住所録を集計してグラフにしてみましたので、簡単な解説をつけたうえで以下に公開いたします。
手作業で集計をしていますので、数値には多少の誤りも含まれているかもしれません。また、角川の短歌年鑑には載っていない結社や団体もあると思います。細かな数値に拘泥されることなく、おおまかな傾向をつかむ助けになれば嬉しいです。
上図は、短歌結社・同人誌などの組織の数を比較したものです。「全体」と、その内数である「結社」「同人誌・超結社・個人誌など」に分け、それぞれ1980年と2012年の状況をグラフにしています。以降のグラフにも共通する点として、二点を記します。
- データ元である住所録には、「結社の支部組織」が掲載されていることがありますが、本部組織の所属人数と重複している可能性が高いため、除いて集計しています(例:「水甕」や「コスモス」の支部などは、除いてます)。
- 「同人誌・超結社・個人誌など」(以降、単に「同人誌など」)は、「学生短歌会」なども含まれています。また、住所録に「結社形態」の記載がなかった組織で、調べてもわからなかったものも含めています。つまるところ、「結社」を自称していない組織をひとまとめにしたものです。結社と掛け持ちして所属できるような組織が多いと思われます。(例 : 「かばん」「桟橋」「早稲田短歌」「pool」など)
グラフには、「結社」の場合、1980年に存在していた335結社の内、2012年に残っているものが168結社であり、新しくできたのが92結社ということが記されています。総数としては、335結社→260結社と約20%減少していることになります。減少しているとはいえ、今でも260もの「結社」が存在しているんですね。私がぱっと名前をあげられる「結社」は20結社ぐらいですので、この点は認識を新たにしました。
一方で「同人誌など」については、1980年に存在していた224団体の内、現存するものは半分以下であるにもかかわらず、120団体の新設により、総数としては10%程度の減少に留まっています。「結社」と比べたときの、新陳代謝の高さがうかがえます。
「結社」にせよ「同人誌など」にせよ、30年以上続くということはかなり難しいことだと思いますので、継続率自体は悪いものだとは感じていません。ただ、「結社」に関しては、新設される数が解散する数をカバーできていない点は気になります。もし、”組織を作るなら、結社ではなく同人誌”、という傾向にあるのであれば、結社の数は今後も減りつづける可能性が高いです。
上図は、短歌結社・同人誌などの会員数・出詠者数を示したものです。図中にも記していますが、1980年の住所録には「会員数」、2012年の住所録には「出詠者数」が記されているので、残念ですが厳密には比較できるものではありません。「会員」の全てが「出詠」するわけではありませんので、当然ながら後者の方が数としては不利となります。
参考例ですが、結社誌「塔」2012年12月号の「出詠率」は80%だったようです(cf:塔短歌会:編集部ブログ「出詠率」)。他結社や同人誌などと比較して、高いのか低いのか分からないのですが、この「出詠率80%」というのを2012年の平均出詠率と仮定して、2012年の「出詠数」を「会員数」に割り戻して考えてみた場合(図中では橙の点線で書かれたグラフ)、以下のようになります。
- 「全体」 : 1980年:131,808 会員 → 2012年:推定 70,636 会員 (46%減)
- 「結社」 : 1980年:108,520 会員 → 2012年:推定 58,874 会員 (46%減)
- 「同人誌など」 : 1980年:23,258 会員 → 2012年:推定 11,763 会員 (49%減)
会員数の大きな減少が見て取れます。仮に、1980年から2012年の間に会員数が単純減少していたとした場合、毎年の会員減は以下のようになります。
- 「全体」 : 毎年 約 1,900 会員減
- 「結社」 : 毎年 約 1,550 会員減
- 「同人誌など」 : 毎年 約 350 会員減
「結社」全体で毎年1,550会員減ということは、感覚的には中規模の結社2つ分ぐらいが毎年消えていっていることになります。これは、かなり怖い数字です。逆に言えば、これくらいの数を補なっていけば、結社人口の減少は食い止められるということですが、どうすればいいのか頭をかかえてしまいますね…
2012現在、なんらかの短歌組織に属している人は延べ数で約70,000人。「同人誌など」に属している人には「結社」にも属している人も多いでしょうから。実数では、65,000人ぐらいになるのでしょうか。30年ほど前から半分近くになっているということと合わせて、この数字は覚えていてもよいかもしれません。
上図は、短歌結社・同人誌などの1組織あたりの会員数・出詠者数を示したものです。会員数、出詠者数の考え方については前図と同様ですので、比較するためには、今回も2012年の会員数を80%で割り戻すなどの補正が必要となります(図中では橙の点線で書かれたグラフ)。
この32年間で「結社」の数は20%、「同人誌など」の数は10%減ったわけですが、「1組織あたりの会員数」はもっと大きく減少していることが分かります。昔と比べ、大規模な組織が減っていることが想像されます。
減少率の面では「同人誌など」に比して低いのですが、大変なのは「結社」の方ではないでしょうか。「結社」を続ける以上は運営費が必要です。「会員からの一定の寄付があるならば、300会員居れば何とかやっていける」ということや、「1,000会員が運営費で赤を出さないためのラインだ」ということを、個人的に耳にしたことがあります。(松村正直さんのブログの記事が参考になるかと思います。cf:やさしい鮫日記:「短歌人」2012年12月号)
運営費の赤/黒の分岐点は、当然ながら会費や発行頻度、結社誌の頁数などによって変わってくるものですが、新しい結社で会員が増加傾向にあるときならばまだしも、減少傾向に入って来たときには、かなり重たい問題になってくるのではないでしょうか。例え少人数の結社で、主催者が自身の財布から運営費を捻出することでやりくりできる状況であったとしても、その主催が亡くなった後に、誰も結社を引き継げなくなってしまうことは想像に難くないです。
短歌の長い歴史の中で考えるならば、「結社」とは近代にできた一時的な組織形態だと考えることもできるのかもしれません。「作品はインターネットや同人誌で発表すればいい」「結社でなくても歌会はできる」という声もあると思います。たしかにそうだと思います、が、それは「自分の歌」や「自分自身」についての話にすぎないですよね。「(自分の場合、)作品はインターネットや同人誌で発表すればいい」「(自分の場合、)結社でなくても歌会はできる」という考えかたの延長には、「インターネットや同人誌で作品を発表できる人」と「結社でなくても歌会ができる人」だけが残るという貧しい世界が待っているだけかもしれません。
結社がかたちを変えて残るのか、何かと入れ替わって行くのか、私にはまだ分かりません。ただ、どちらの場合であったとしても、「結社」というものが短歌の世界においてどのような役割を果たしてきたのかを、再度検証したうえで、これからの短歌の世界について考えていく必要はありそうです。(私自身が結社に所属していないだけに、なんとも説得力に欠けるのは苦しいのですが、もはやそれを強みにしていくしかありません)
新しい挑戦や新しい失敗に対しては寛容であり、長く続いてきたことを変えたり棄てたりする場合には慎重でありたいと思っています。このように短歌の世界の現状把握から始めなければならないこと自体が、短歌の状況の多くを語っているように感じています。それでも焦ることなく、まずは一歩、あるいは、靴を履くことからはじめていければと思っています。