11月の短歌（テキスト版）

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旅
石川美南
吊りズボン似合ふ上司に教へられキーの操作や歌うたふ術（すべ）
「きらきら」の定義について論じ合ふシンポジウムに識者が集ふ
牡蠣の殻吸ひつつ語る終はらない書籍のやうな人を好むと
旅をしないからだは軽し歩道・車道・歩道かすかに音たてて蹴る
紫へまつすぐ暮れてゆく路地に泣（な）き袋（ぶくろ）売る出店ありたり
衛星が大気圏突き破るころ書き言葉から話しことばへ
文体の似通つてくるあやふさよ見てをり月の海の凸凹
スペースキー押せば押すほど楽しくて軌道を逸れてゆきぬ意見は
千代田区は雲ひとつなく明後日のあなたの晩ごはんを知らない
エンジンの冷却のためこの星があるのですよと静かなるこゑ
こえ（お話　その�　�
今橋　愛
（女は声を出そうとする。１秒。いやもっと短い一瞬。 「っっっ」どうしてもおくれてしまう、どうしても、そこに間に合わない。）
せ、せ、せかい
素手で
すっぴんで
そのままでさわりたいです
げつようのあさ
存在がなくなることを思ったら 目のうらで蛍光灯がわれる
なんであいちゃんだけ
なんであいちゃんだけ

かんでたら手ぶくろってあまいよ。
キッチンで
かべにつくなんで飲むミルクコーヒー
きょうは日があたらない
毎日が日ようびです。
日ようびがずっとつづくとこわくなります。
感という字を目のうらに書いていくしかないきもち　キッチンのすみ
昼すぎの駐車場にさす光
消えたい感じも気のせいだろうか。
（ばけ猫から、電話。女の身を案じて。あるいは、女がどこにも行かないように。）
「靴ひもがとれたから何かあったかと思ってかけた」とばけ猫がいう。
（部屋のなかをうろうろと動きまわる人形。声を出せずに、居場所をさがしている。わたしと同じだ、と女は思う。）
へやのなかをてんてんとして行くあてがなくなったマトリョーシカは赤よ。
けんかした翌朝とてもよく晴れて かようきょく ひとり静かにうたう。
（わたしにできるのは、ひっそり歌うことだけでした。
誰からも、期待されず、そうでした。ずっとそうだったんでした。）
（がちゃん。と鍵がしまる）
（女は景色としてひとつの場所の中にいる。
次のシーンで、それがテレビの画面上に映し出され、次の次のシーンで、
画面上の、女の部屋の人形が、りかちゃんハウスのようなそれらしい家の中にいる。
そのミニチュアハウスの窓にも、女の部屋と同じように日があたっている。
次第に日が暮れて、かげっていくが、人形は、ずっと同じかおをしている。）
十一月（ラスト）
永井　祐
ドラッグストア横切るときに一枚の葉っぱが落ちてきて胸につく
返せないわたしにきっと図書館は向いてない　冬の机のうちわ
ポッキーの側面にある「平井堅」があけたら「平井」と「堅」にわかれた
暮れも押しせまったある日横浜へ凝ったバーガー食べにいきたい
開いているカバンの中にカウボーイのタバコの箱と財布が見える
電車の外の夕方を見て家に着くなんておいしい冬の大根
ドラえもんには興味がなくてキテレツはまあまあだった君と酒飲む
上半身はだかではだかのＣＤの山からはだかの一枚を取る
帰りの電車二駅分をおしゃべりし次の日ふたりとも風邪を引く
マイブームの小さな波がぼくのなか寄せては返すゆっくり歩く
Umlaute im November
光森裕樹
……と云ふわけで私は此処にゐる　よろしく、アンナ=シュバルツバルト
フィラメント繋げる如く綴りゆき立ちかへりては打つウムラウト
嫌なことある日は歯磨き粉を替へてみなさい、アンナ=シュバルツバルト
――なぜ袖の釦は片手で留められる
クロウタドリの子よ目醒めかし
――これはなに
此れは貝殻
――それはなに
其れも貝殻、みんなかいがら
――星型を星にあたへし人はだれ
クロウタドリの子よ眠れかし
アンナ=シュバルツバルト、人ではないものに其のやうな名を附けては不可ない
てのひらに受けとめるたび此の星と密度等しき林檎とおもふ
成し遂げたることのひとつを手帖より消して弛める長きマフラー
決められた日が来ただけのこと　アンナ=シュバルツバルト、さうですね　また
 
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